菅義偉の学歴は法政大学で実は苦労人!高卒で就職後に学費を貯めて進学

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2020年8月28日、安倍総理大臣が辞任の意向を表明しました。

日本中で、次期総理大臣は誰かについて、議論されていますね。

今回は、最有力候補者の一人で、出馬の意向を示した菅官房長官についてです。

菅官房長官は、実は苦労人だったとの情報がありましたので、調べました。

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菅義偉のプロフィール

まずは、菅官房長官のプロフィールを見てみましょう。

名前:菅 義偉(すが よしひで)

生年月日:1948年12月6日

年齢:71歳(2020年8月現在)

出身地:秋田県雄勝郡秋ノ宮村(現:湯沢市秋ノ宮)

現住所:神奈川県

所属政党:自由民主党

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菅義偉の生い立ち(中学校まで)

家族は?

秋田県雄勝郡秋ノ宮村に農家の長男として誕生した菅氏。

家族は、父、母、姉2人、弟1人です。

父は南満州鉄道の元職員で、終戦後、農耕に従事しました。

「秋の宮いちご」のブランド化に成功したため、経済的には裕福だったと思われます。

母、叔父、叔母は元教員、二人の姉も高校教諭だったようです。

小学校・中学校は?

菅氏は、雄勝町立秋ノ宮小学校(現:湯沢市立雄勝小学校)を卒業後、雄勝町立秋ノ宮中学校(現:湯沢市立雄勝中学校)に進学しました。

小学校の頃から、菅氏はスポーツ万能だったようです。

しかし、自ら人前に出る活発なタイプではなく、周りから自然と人が寄ってくるタイプだったようです。

また、中学校では、野球部に所属していたようです。

守備はサード、1番打者だったそうです。

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菅義偉の学歴①(高校~就職まで)

高校は?

菅氏は中学卒業後、1964年4月に秋田県立湯沢高等学校へ入学し、1967年3月に卒業しています。

自宅から一番近い高校だったそうですが、通学には片道2時間かかったようです。

ちなみに、中学校の同級生の半数ほどが、中学卒業と同時に集団就職したそうです。

残りの半分は家業を継ぐなどしたようですから、高校進学率はよくなかった時代です。

そんな中、高校進学した菅氏は、やはりエリートで家も裕福だったのだと思います。

高校卒業後の進路は?

ただ、卒業後の進路については、父に農業大学を進められたようですが、集団就職を選択しています。

東京のダンポール工場に就職しました。

週刊誌で、「姉が進学した北海道教育大学を受験したが不合格になった」という報道があったようですが、本人は教員になることは志望しておらず、受験もしていないと、完全否定しています。

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菅義偉の学歴②(退職~大学まで)

就職して東京に行けば、何かが変わると思った菅氏ですが、現実の厳しさを知るだけだったようです。

そのため、菅氏は2年間、働きながら勉強して、大学進学を目指します

そして、当時私立大学で最も学費が安かったという理由で、法政大学を受験。

法政大学第二部法学部政治学科に進学し、1973年依卒業します。

その後は、建電設備株式会社(現:株式会社ケーネス)に入社します。

そして、横浜市会議員、衆議院議員と政治家への道を進みます。

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菅義偉が苦労人と言われる理由は?

菅氏が苦労人と言われるのには、上記のような生い立ちから、以下の理由があるようです。

理由① 世襲の政治家ではなく、農家出身の叩き上げ

理由② いわゆる偏差値エリートではない

理由③ 自分で働いたお金、自分の考えで大学に進学

それでは、一つずつ見てきましょう。

理由① 世襲の政治家ではなく、農家出身の叩き上げ

政府幹部では、世襲の政治家が多数です。

しかし、菅氏は、農家出身

家族に政治家はおらず、自身で道を切り開いた、叩き上げの政治家です。

理由② いわゆる偏差値エリートではない

政治家には、偏差値の高い大学を卒業している人が多数います。

しかし、菅氏は学費重視で大学を選択しました。

理由③ 自分で働いたお金、自分の考えで大学に進学

一度は高卒で就職した菅氏。

社会出でてから現実を知り、自分で働いたお金で、人生の軌道修正を行います

自分の力で大学に進学して、夢をかなえた苦労人ですね。

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おわりに

いかがでしたか?

次期総理の最有力候補である菅官房長官。

若いころから、苦労されていたのですね。

最後までお読みいただいありがとうございました。

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